ここ数年、働き方の未来は「オフィス勤務」と「それ以外の働き方」の対立軸で語られてきました。柔軟な働き方を支持する立場と、対面での協働を重視する立場があり、多くの企業が「従業員はどこで働くべきか」を基準に職場戦略を構築してきました。
しかし、そもそも本当に問うべきなのは、その問いではなかったのかもしれません。
こうした議論の根底には、「人はオフィス勤務を好まず、できることなら避けたいと思っている」という前提があります。
ところが、実際に多くの働く人々の声に耳を傾けると、その説明だけでは十分ではないことが見えてきます。人々は単純に勤務地だけで判断しているのではありません。もっと個人的で本質的な問いを、自分自身に投げかけているのです。
それは、「その選択に見合う価値があるのか」という問いです。
重要なのは「どこで働くか」ではなく「何を得られるか」
この考え方は、最近実施された職場環境に関する調査結果によってさらに明確になりました。
調査では、およそ半数の人が、柔軟な働き方よりも「より高い報酬を得られるオフィス勤務」を選びました。一方で、約3分の1は柔軟性を優先し、報酬の減少を受け入れる姿勢を示しました。しかし特に注目されたのは、報酬が増えるとしても、労働時間の延長を受け入れる人はそれほど多くなかったことです。
つまり、多くの人は働く場所については妥協できても、自分の時間をさらに差し出すことには慎重だったのです。この違いは重要な意味を持っています。
これまで柔軟性は職場における最優先事項のように語られてきました。しかし、人々が本当に重視しているのは柔軟性そのものではなく、それによって得られる「主導権」かもしれません。
自分の時間をコントロールできること
自分のエネルギー配分を決められること
仕事と生活のバランスを自分で調整できること
こうした視点で考えると、議論の焦点は大きく変わります。もはや「オフィス勤務とリモートワークのどちらが好まれるか」ではなく、「その働き方によって何が得られるのか」が重要になるのです。
敬遠されているのはオフィスではなく通勤なのか
さらに調査では、もう一つの興味深い問いが投げかけられました。
「人々はオフィスそのものを嫌っているのか。それとも通勤を嫌っているのか」という問いです。
結果は、多くの人が抱いていたイメージとは異なるものでした。オフィス自体を問題視した人はわずか10%にとどまり、大多数は通勤を負担と感じるか、あるいは職場環境の質によって評価が変わると回答しました。
この結果は、これまでの議論の前提そのものを見直す必要があることを示しています。もし本当に人々がオフィス勤務そのものを嫌っているのであれば、どのような条件であってもオフィス勤務への強い拒否感が示されるはずです。しかし実際には、適切な条件が整えば、多くの人が出社する意欲を持っています。
問題は目的地そのものではありません。その場所が、そこへ向かうために費やす時間や労力に見合う価値を提供しているかどうかなのです。
例えば、終日オンライン会議に参加するだけのために長時間通勤することと、有意義な協働や学び、人間関係の構築につながる業務のために通勤することでは意味合いが大きく異なります。また、重要な課題を解決するワークショップのための移動は受け入れられても、オンラインで済む定例報告のために同じ移動を求められれば、その価値に疑問を感じる人は少なくありません。
違いを生むのは、場所ではなく価値です。
最も貴重な資源となった「時間」
調査からはもう一つの傾向も見えてきました。
多くの人は、より高い収入を得られるのであれば柔軟性を一定程度手放すことを検討します。しかし、その条件として労働時間の延長が伴う場合には、積極的な姿勢は大きく後退します。
これは、仕事に対する価値観が変化していることを示しています。
向上心が失われたわけではありません。成長も昇進も報酬も依然として重視されています。
一方で、成功のためには長時間働き続けることが当然だという考え方に対しては、抵抗感が強まっています。なぜなら、時間の価値に対する認識が以前とは変わってきているからです。
お金は再び稼ぐことができます。しかし時間は一方向にしか進みません。
長時間の通勤も、不要な会議も、単に出席を求められるだけの職場環境も、いずれも貴重な時間を消費します。そのため、多くの人が自分の時間の使い方をより慎重に選択するようになっています。それは仕事への意欲が低下したからではなく、何を犠牲にする価値があり、何を守るべきかを明確に判断するようになったからです。
人々が本当に比較しているもの
これらの結果から見えてくるのは、とてもシンプルな考え方です。
人々は常に「得るもの」と「失うもの」を天秤にかけています。
何を得られるのか
何を手放すのか
その交換条件は妥当なのか
報酬は重要です。柔軟性も重要です。キャリア形成も重要です。そして、やりがいのある仕事も重要です。
企業にとって難しいのは、これらの要素が単独で存在するわけではないことです。通勤は魅力的な成長機会によって正当化される場合があります。負荷の高いプロジェクトも、学びや成長につながるのであれば受け入れられることがあります。オフィス勤務も、人とのつながりや協働、前進する実感をもたらすなら価値あるものとして認識されます。
問題となるのは、負担だけが明確で、その見返りとなる価値が見えない場合です。
リーダーに求められる視点
多くの職場に関する議論は、ここで視野が狭くなりがちです。経営層や管理職は「どこで働くべきか」に焦点を当てますが、従業員は「その経験に見合う価値があるか」を考えています。両者は同じ話をしているようで、実際には異なるテーマを議論しているのです。
単に出社を求めるだけの職場は、人々の主体的な関与を引き出しにくいでしょう。一方で、学習機会を増やし、より強い人間関係を築き、有意義な課題解決やキャリア形成を支援する職場は、まったく異なる魅力を持ちます。人々は努力そのものを拒んでいるのではありません。その先に見返りがあると理解できれば、努力を受け入れます。抵抗が生じるのは、目的の見えない負担に対してです。
働き方の未来を決めるのは、オフィス勤務とリモートワークのどちらが勝つかという議論ではありません。成功するのは、その背後にある本質を理解している組織です。人々はこれまで以上に、「何を差し出し、何を守るのか」を慎重に見極めるようになっているからです。
オフィス勤務が競争している相手は、リモートワークではありません。
従業員が出社する価値を実感できるかどうか。それこそが、これからの職場づくりに問われていることなのです。
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